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自転車と歩行者の衝突事故で、歩行者が受ける衝撃

 

(※ご質問くださった方に許可をいただいたので、質問と回答を転載します。お名前や各種の数値は実際のものとは異なります。)

 

◆質問

 田中〔仮名〕といいます。

 歩行者に、自転車が衝突した事故です。歩行者は立っていました(停止していました)。歩行者に、走行してきた自転車が衝突し、ぶつかられた歩行者は、斜め後方の電信柱に衝突して止まりました。歩行者が立っていた位置と、電信柱の間は、約1[m]です。

 自転車の車重は23[kg]、乗員の体重は45[kg]でした。自転車の走行速度は、20[km/h]程度だったはずです。衝突後、自転車はアスファルト路面の上に斜め方向に倒れました。自転車が止まった位置は、衝突位置から4[m]で、走ってきた方向に対して右斜め20度の方向です。

 衝突時間が、0.05[秒]だったとすると、事故で歩行者が受けた衝撃荷重はどのくらいのものでしょうか。

 

 

 

 


◆回答

 

 物理学では、現象を分析する際には、現象の特徴をできるだけ残しつつ、計算が可能なように「モデル化」を行います。 モデル化は、些細な影響を無視して大枠を捉えるために必要な作業です。細かな状況を想定すれば、際限なく複雑なことを考えることはできますが、分析出来る程度に簡単化を行うことで、本質的な部分を抽出して考えます。(例えば、今回のご質問の件において、歩行者が着ていた服がシャツである場合とジャンパーである場合には、受ける衝撃はわずかに違うはずですが、そのような差は考慮しないということです。)

 

 田中様よりいただいた文面からですと、計算のためにはいくつか仮定をする必要があります。立っていた方は横倒しになるように倒れたのか尻餅をつくような状態になったのか、自転車が転倒した位置や転倒後の自転車と乗員はどのように転がったのかなどが不明ですし、人体の物理的な性質は向きや力のいれ具合などによって変化します。

このような理由から、とりあえずは単純な平面上の衝突であったとして解析を行います。(詳細な条件がわかれば再度モデル化して計算は可能です。)

 

 

衝突の様子を、下図のようにモデル化しました。

自転車と乗員が一体となって図の左から右方向に走ってきて、立っている(止まっている)歩行者に衝突したとします。自転車は走ってきた方向からみて「自転車方向」分だけ逸れて転倒し、衝突位置から4[m]先で停止しました。歩行者は自転車の走ってきた方向からみて「歩行者角度」分だけ斜めに突き飛ばされましたが、1[m]離れた電信柱に衝突して停止しました。

 

ご質問では、「歩行者が受けた『衝撃荷重』」を求めたいとのことでしたが、衝撃荷重は、基本的には弾性体(力を歪みで受け止め、その力がかからなくなると元の形に戻るような物体。鉄板やビー玉などをお考えください)どうしの衝突のときに生じる衝撃を表す量なので、自転車と歩行者の衝突を表すためにはあまり適していません。そのため、以下では、人体が衝突によって(停止した状態から)加速されて電信柱の方向に動いたことから、その動きを生じるために働いた力を求めて、衝撃の強さとします。

また、人体と自転車(+乗員)の衝突については、完全非弾性衝突(反発係数0:粘土や布団どうしの衝突のような状態)であるとし、衝突後も自転車と乗員は一体となったまま移動したと考えます。

 

 

数式を立てるために、おのおのの値を記号で示します。

 

M = 自転車の重さ+乗員の重さ = 23[kg] + 45[kg] = 68[kg]

m = 歩行者の重さ 【田中様は日本人の平均体重 55[kg]とします】

V0 = 自転車の走行速さ(衝突直前の速さ) = 20[km/h]

V1 = 自転車[+乗員]の衝突後の速さ

V2 = 歩行者の衝突後の速さ

θ1 = 自転車方向(衝突後にもとの進行方向から逸れた角度) = 20[]

θ2 = 歩行者方向(衝突後に動いた方向と自転車が進んできた方向のなす角度)

t2 = 衝突時間(自転車と歩行者が接触していた時間) = 0.05[]

 

水平方向をx座標、垂直方向をy座標とします

 

 

(数式の展開は適宜説明を入れますが、式を逐一追いかける必要はありません。)

 

 

 

【計算】

・完全非弾性衝突であることから、衝突直後には、自転車のx軸方向速さと歩行者のx軸方向速さは等しいので

        … @

 

運動量保存則から

x軸方向:  … A

y軸方向:     … B

 

この中で未知の値は、V1, V2, θ2の三つなので、@〜B式を連立方程式として解けば、それぞれの値がもとまります。(※厳密に数学的に言うと、三角関数を含んでいるので3式から求まるとは限らないのですが、この場合には解くことができます。)

 

@より

 …@

Aに代入すると

一般的に

であることから

Bに代入して、V1について解くと

 …B

となります。これより、V1(自転車[+乗員]の衝突後の速さ)が求まります。

 

11.77[km/h]=3.27[m/s]

 

@式をBに代入すると

 

両辺を自乗して整理し、V2について解くと

 … C

となります。これよりV2(歩行者の衝突後の速さ)が求まります。

 

12.12[km/h] = 3.37[m/s]

 

BとCを@に代入して整理すると

ここからθ2が求まります。

 

31.03

 

 

自転車[+乗員]と歩行者の間に力が加わっていたのは、衝突時間t2の間だけですから、歩行者はt2の時間で速さ0からV2まで加速されたことになります。衝突時間の間に歩行者にかかった加速度a2が一定だったとすると、その値は

 

67.4[m/s2]

となります。

 

 

力は重さと加速度の積であることから、衝突時間の間に歩行者にかかった力F2

 

3704.8[N] = 378.04[kg]

と求まります。

 

 

 

 

 

【結論】

計算結果をまとめると、

 

自転車[+乗員]の衝突後の速さ : 約11.77[km/h] (3.27[m/s]

歩行者の衝突後の速さ : 約12.12[km/h]  (3.37[m/s]

歩行者方向 : 約31

  歩行者にかかった力 : 約3700[N] 378[kg]

 

であったことになります。

 

つまり、歩行者にとっては、0.05秒間の間ではありますが、お相撲さん2人に同時に踏まれたのと同等の衝撃を受けたことになります。

 

なお、ここでの計算では、歩行者が電信柱に衝突したときの衝撃は考慮していません。たたらを踏むように立ったままで電信柱まで移動したか、倒れ込みながら身体の一部が電信柱に衝突したかなどの形態によって、電信柱に衝突したときの衝撃は変化します。

田中様からのご質問の文面から求められるのはこの程度の範囲ですが、電信柱に叩きつけられるように衝突したのであれば、電信柱に衝突したときの衝撃も相当大きなものですし、自転車の走行速度がもっと高かったことを示せる可能性もあります。

 

再計算や、ご入り用でしたら鑑定書の作成も承ります。

以上、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

交通事故鑑定ラプター

中島拝




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